JF6DEU blog読み物/小説
| ||||||
「ねぇね、帰ろう。」
「うん。じゃぁ、帰ろうか。」 ―私はその後、妹の声を聞いたことがない。 ――あれは数年前、別れと出会いが交錯する季節に起きた儚い帰趨だった。 | ||||||
第一章中山千夏 私が中学校に入った時、自己紹介カードに妹のことを書いた。私には愛梨という妹がいる。 みんなからは「あいちゃん」と呼ばれていて、ほかの子よりは少し小さめ。 すぐふてくされるけれど、そこがまたちょっとかわいいところ。 実は、近くの小学校にいるんです! 愛梨っていいます! 仲良くしてください! ┓┓ 「中山さん...ちなつ...?」 「あぁ、私?私は"ちか"って名前なの。よろしく!」 「...うん。」 「ねぇ、あいちゃんの写真とか持ってる?気になる~っ!あ、美紗だよ。よろしくっ!」 「あっ、そのことだけど今日の昼休みに小学校のほう行ってみる?」 「...怒られるかも...」 「大丈夫。昇降口の影ならだれにもばれないよ。」 「へー...そんなことまで知ってんだ。」 「うん。」 「...」 「...」 「...」 入学から一か月ほどで外から入ってきた人と仲良くなった。 妹についての話もたくさんするようになった。 自己紹介カードをちょっとカッコよく作ろうとしたらいつの間にか二つ続けて同じことを書いてしまっていた。 もちろん、いくつかの人からは気づかれた。 でも、みんな同じ感じだった。 少し気恥ずかしくて、でも自分のことをアピールしたい。 みんなそう思って自己紹介カードを書くからよく間違えている。 美紗ちゃんとか葵衣ちゃんとかもそうだった。 一学期は先生のことをお母さんと呼んでしまったり、数学を算数と読み間違えたりと小っ恥ずかしいことが続いた。 話すことも弟、妹の話題からだんだんと学校の不満やアニメの話題などに変わってきた。 もちろん、一人っ子の人に話しかけられることもあった。 そんな時はもちろん優しく仲間に入れてあげた。 学校に来れない人もいた。 病気で学校に来れなかったり、男女分かれた制服が大嫌いで来れなかったりと原因はいろいろだった。 中一のみんなに共通すること、それは「優しい」、「絶対に下を向かない」ということだった。 何があっても優しくするし、「手伝って」と言ったら手伝ってくれる。 座り込んだり泣いたりしている人がいたらすぐに「どしたの?」と声をかけてくれる人がいる。 男女関係なく、みんな話しかけやすかった。 | ||||||
第二章ある日、家に帰るとお母さんがいなかった。
家から電話をしたが、お母さんは出なかった。 妹の愛梨も帰ってきていない。 一人で家にいるだけだった。 寂しかった。 ふと、電話が鳴った。 「ママ...っ!なんでこんな時間まで帰ってこないの?」 「実は...あ、いややっぱり何でもない。」 「えっ今どこ?」 「今は...うーん...」 「早く教えて!何時に帰ってくる?教えて!」 「...」 「ママ!返事して!」 「やっぱり一回切る。ごめん。じゃあね。」 ...電話の切れた音が耳の中でこだました。 ふと我に返ると、そこには受話器を汗だくになって握りしめている自分以外の他はいなかった。 「...お母さん、何?何で帰ってこないの...」 私を見捨てた? ――いや、まさかそんなはずがあるわけない。 買い物? ――いや、もう21時を過ぎている。 「なぜ...」 何を聞いてもかすかな吐息とそこに混じる否定の回答しか聞こえなかった。 また電話が鳴った。 「あのね、やっぱり伝えようと思ったの。」 「何を?」 「愛梨がね...事故にあったの。」 「...えっ...車の事故?」 「いいや、そうじゃなくて、急に学校で倒れて、そのあと病院に行ったら重い病気だって。ごめんね、最初に伝えとけばよかったの。」 「お母さん...愛梨が死んじゃうの?」 「ううん、絶対治るから。」 「ちょっと変わって!」 「あのね、今は寝てる。病院についてからすぐにいろいろな検査があって疲れたみたい。今日はそっとしておこうと思う。」 「...うん。」 ...あれだけ一緒にいたのに...なぜ気づかなかったのか。 そんな苦しみが身体を蝕んでいった。 | ||||||
第三章その後、愛梨が何の病気か知ることは容易だった。
その病気に立ち向かうために次の日から放射線治療が始まった。 大丈夫? ねぇ、がんってやっぱり痛いの? お見舞いに行ったある日、私は付箋を机のところに張り付けておいた。 次の日には返事が書かれていた。 大丈夫? ねぇ、がんってやっぱり痛いの? ううん、全然痛くない。 ほんとに体の中にあるの?って感じ。 最初の返信は赤色の文字だった。 そばにあるペンが赤だと気づくのに数秒かかった。 大丈夫? ねぇ、がんってやっぱり痛いの? ううん、全然痛くない。 ほんとに体の中にあるの?って感じ。あと、クーピーをそばに置いておいたから使ってね。 大丈夫? ねぇ、がんってやっぱり痛いの? ううん、全然痛くない。 ほんとに体の中にあるの?って感じ。あと、クーピーをそばに置いておいたから使ってね。うん。 私は夜遅くまで学校にいるため、付箋を使ったコミュニケーションは重宝した。 なんか髪抜けたかも。 なんか髪抜けたかも。なんか変だよ。やっぱりこれもがんのせい? なんか髪抜けたかも。なんか変だよ。やっぱりこれもがんのせい?ちか、変だよ。 なんか髪抜けたかも。なんか変だよ。やっぱりこれもがんのせい?ちか、変だよ。だいじょうぶ。きっとよくなる!ありがとう ここで付箋を使うからすぐなくなっていく。 学校で使う分が無くなるころには木々が赤色に色付いていた。 私は部活をいったん辞めて、早く帰って来れるようにした。 お母さんからはもう先がないことを聞いていた。 「今のうちにできることをできるだけしよう。」 ―そう思った。 | ||||||
第四章「ちか、ご飯食べるよ。」
「...ううん、いらない。」 「なんで?昨日もそういって結局食べたのに今日も同じようにして食べないわけ?」 「...向こう行って。」 ――気が付くと私は一切の身体活動を拒否していた。 ご飯はのどを通らず、学校にも行けず、布団から出ることさえもできなくなった。 愛梨はなぜこんな苦難に立ち向かわなくてはならなくなったのか。 愛梨はなぜここまでして生かされているのか。 「痛い、苦しい、」 その言葉を聞くたびに悲しくなる。 いつしか季節は冬になっていた。 もうすぐ一年。 病院の先生が言ったその一年を過ぎれば、気分も少しは軽くなるかもしれない。 愛梨の病気も治るかもしれない。 一年だけは、生きていてほしい。 そう思った。 | ||||||
第五章私は変わり果てた妹を前にしていた。
たくさんのチューブや線で繋がれ、複数の画面が光っていた。 体は痩せ細り、人ではないように思えた。 「ねぇ...愛梨...」 「...なに...」 素っ気なく答えるその言葉には絶望が含まれていた。 「全然大丈夫じゃないよね...」 「...うん...」 その場に寂しい沈黙が流れた。 妹と私たちの間にガラスの壁ができ、さらに向こう側が曇っている。 その曇りは日が経つごとに濃くなっていく。 そんな気がした。 ガラスを割ったのは彼女の方だった。 「...ねぇね、帰ろう。」 「うん。じゃぁ、帰ろうか。」 気がついた頃には口から言葉が出ていた。 言葉のテンプレートに沿った話をした。 それしか話ができなかった。 突然、右前にある画面が赤く光り始めた。 同時に、白い衣服を着た人が入ってきた。 私たちは病室から追い出され、待合室に送られていた。 | ||||||
第六章あれからもうすぐ1年。
私は妹の一周忌を迎えようとしていた。 部屋は二年前、お母さんの電話を受けたその当時のまま。 着々と片付けが進む中、この部屋だけはそのままになっている。 今この部屋が片付けられるのも時間の問題だ。 私は少しの間だけ机を見つめ、部屋を後にした。 | ||||||
メモうち父の場面の一場面から思いついた
香を文字って愛梨にした。(梨の字の「木」と香の「禾」をかけた&愛されている存在から「愛」の字を足した) 第一章の序盤の人物説明は悲しく、愛されているように見せるためのテンプレ。 第一章のそのほかの部分はいつもの状況説明。 第二章もテンプレそのまま。 よく聞く「承」。 第三章は...結構つかれる。HTML直書き。ってかこれJavaScriptで自動化したら効率的? 第四章は...ちょっと行き詰った感じがする...(ここから適当) 第五章もテンプレの「転」。 なんてことない。 ここでタイトル回収する。 第六章は「結」。 なぁんにもない、適当なこと。 第四章(適当度20%)ぐらいから完全なる適当(適当度100%)になってきている。 ここは文字になってればいいや...と思って書いた。 ...ていうか書くことがなくなっていたらいつの間にか終わっていた。 手書きフォントは以下のものを使用しています。 「ふい字置き場」 http://hp.vector.co.jp/authors/VA039499/ | ||||||